ハッピーか?

俺の場合は正気の沙汰との闘いであった。気を保つように頑張った。床に敷き詰められたタイルひとつひとつソレゾレが1ブロックの街並みのようであったし、そこの隙間に存在するホコリやゴミは群衆や車であった。そしてやがてその街並みは100エーカーの麦畑へと変化していった。
「ダメだ、マトモじゃない……俺は正気なのだ……正気の橋なのだ……正気の橋……正気の橋……いいフレーズだなコレ」
テラスの入り口を通る人物をしっかりと確認するように見る。この人は俺を軽蔑しているだろうか。やがてやってきた友人は今の俺を見て呆れていないだろうか。俺は大丈夫だと口にすると笑いがこぼれてしまう。
「ガム食べます?」
変化への恐怖からゆっくりと口に運び、奥歯で噛みしめると、こめかみのギアーがぐるりぐるりと回って顎を作動させる。そうして唾液が地下を流れる河のようにドドドと溢れてくる。そして気づけば白痴のようにクチャクチャとガムを噛んでいる。

こんな状態であるにも関わらず、パンガン島へ行くバスの時間が迫っている。俺はマトモに歩けるだろうか。早く元の状態に戻らなければ……。焦れど焦れど、30分の猶予があるかと思われた時間はあっという間に5分へと減っている。もう行かなければならない。腰を上げると、なるべく「平気だよ」という顔をしてジッと慎重に階段を下っていく。「大丈夫ですか」と訊かれても、なぜかひどくシャイな気分になっていて「んん」としか答えられない。

そうして辿り着いた宿のロビーの入り口はパーティー会場の入り口サナガラであって、シャンパンを持った黒人が横行している(かのようであった)。フラフラと椅子に腰掛ける。宿に泊まる女の子が俺を訝しげな目で見ている。俺は正気なんだというアピールから平静を保とうと立ち上がってみる。そのままぼうっとしている自分に気づき、ハッと友人の顔を見つめる。俺の様子を図らった彼が「今こそAKBっすよ」と言ってiPadから再生する。
右の耳へ洪水のような音と情報が入ってくる。正直を言えば心地良いわけでもない。俺は彼からiPadを取り上げると、クイーンズ・オブ・ザ・ストーン・エイジの1stやマニュエル・ゲッチングといった『いかにも』なチョイスを流してみたが、自分がどうかなりそうな恐ろしさからすぐに聴くのをやめてしまった。そうしてサンを流せば心地良いノイズに浸ってみる。

つづく