ネームレス・ソウル

店内を幾度か廻るたび、微笑みかける女がいた。
「もう帰ります?」
「ちょっと待ってくれ」と友人に伝える前に振り返り、彼女の前で立ち止まる。それから試みが始まって「アイラブユー、ユーラブミー」というつたない英語に「ビコーズ」と返す。階段をあがってホテル代を払うと、彼女たちは部屋に入る。
そして、今更「ハズカシイ」なんて言う彼女にビールを渡す。

「おばちゃんじゃないですか……」

帰りの助手席には友人が座っている。後部座席で天井、あるいはむなしい街を見ながらボーッとするなら典型的で、メモ書きされた電話番号に意味があるのかを考え出したら厳かになる。そういう夜は邪魔されたくないのに、屋台で食べ物を買えば多めに盛ってくれる。そういうときは誰に礼を言えばいいのかわからないよ。

自分を映画の主人公だと夢想するとき、あるいは秋葉原のジョナサンで
「今回の映画のハイライトは?」なんて話題が出れば、俺は許容されるお金も持たずにもう一度あの場所へ行ったとき、せめて、とビールだけ買って、見つかるはずもない心地で店をぐるりと廻れば案の定、そして周りで騒ぐ客たちとの温度差を感じながら静かに店を出る。俺はお前らとは違うんだよ!!そのままタクシーを拾って帰る。走るタクシーを後ろから撮る映像のままスタッフロールが浮かぶまで、やはり俺は主人公だったし、けれどもそれが好きだった。