クリトルリトルの話 ほか

飲みに行った先で出会った女が「絵を描いている」と言うので、好きな画家を訊ねると「ギーガーです」と言う。

突然連絡が取れなくなる相手は数あるが、刺さるところには刺さるんだろう。

以前、胸焼けしそうな同棲部屋に招いてくれた後輩が知らないうちに婚約していたとかで、そんな様子だったから不思議なことでもないが、かれこれアレコレやるだのやりたいだのといったフワフワとした野望を聞かされていた結果、彼なりにあの田舎で着地したのだなと思う。

結婚を何かしらの終着点だと思い込む自分の浅さを恥じてはいるが、高校生の頃には「気苦労が多そうだからしない」と書いた若気のイタさでも、それからいくらか豊かな人間になったところで、依然どういう気持ちでそれに至ろうとするかがわからないでいる。あるいは今でもじゅうぶんに呪われていて、世の中と折り合いが合わないような発言をしていた男にも女にも知らないうちに子供ができていたり、実際はどうってことないじゃないかと思う。

一週間の半分は家に帰るまで誰の顔も見たくないが、お金を稼がなければならない理由があるとすればそれだろう。

ある程度飲めば生の感覚に敏感になるのがわかる。それ以上は危険だが懐かしい感じがする。昔の知り合いも懐かしくなる。郵便物で指を切っても鈍感でいられる。

100オクターブ

十分に睡眠をとったという根拠を持つようにする。朝日で目を覚ましたら、20分かけて髭を剃る。夜までは何も食べない。飽食の選択肢。

 

10年以上前に利用していた日雇い労働の事務所からメールが届いていて、故郷の倉庫番の仕事を紹介されている。

街なかにひとりきりで写真を撮っている誰かは観光客か君かもしれない。ほとんど関係がない女ひとりのウケがほしいためにおかしなカッコをしてしまう男たち。悲しい男と悲しい女がくっついて、それでも別れてしまうこともある。整形代をケチったと書いてある顔。世俗離れするメルヘンだってインフラ無しでは生きていけない。深呼吸したくない場所。お金を稼ぐコツはバカを騙すことだけど、とりわけ、棚ぼたに期待していたり、ラクしてお金を得ることができると思ってるやつは一番カモにしやすい。

 

10秒以上の立ち読みをしなくても、どちみち本屋には長くいられない。

壁際の席にしか座らないのは、ブ男を見ながら食事したくないから。

早く帰ればよかった

ジェフベック療法が功を奏し、やや持ち直した。 新しく買った整髪料は使い勝手が良く、毎日ひとつは新しいことに挑戦したいという気持ちになる。

足音は立てるが下品にならないように気をつける。女は体調を崩しやすい。本来であれば自分などこれっぽちも気にかけてもらえないような存在を、自分の人生を犠牲にしてまで持て囃し、よくも自分は誰からも愛されない人間だと卑屈にならないのかが不思議である。

今日はそういう気分だったと言えば、きっと怒るだろう。まったくもって、バイオリズムのようなものだ、困ったよと言うと「男のくせに」と返ってくる。

 

あなたへの投資を持ちかけられて、困った顔をしてみせたことを思い出す。

経理を雇ってみた結果、自分は『カド』の上に立っているようだったことがわかり、よくぞこれまで無事だったね、などと言われた。

なんとも、まあ、といったところは、ほぼ365日働いているのにほとんどプラスが出ていないところで、趣味らしいシュミにもほとんど費やしていないのにこのザマなのは、それにつけても単純に時間を切り売りして稼いでいるに過ぎないうえに度し難い。

下から数えた方が早いのに、それでも怖いのかと、手をつけていない『投資』が金庫から語りかけてくる。

アドリアナ・カセロッティのバラード

ぼくは時々、他の人にどうして気を紛らわせているのかを訊ねたくなる。でもきっとそれを聞いても参考にはしない。人それぞれストレスがあるんだなということを確認したいだけだ。
この期に及んで自分の特徴のことで批判されることがあって狼狽したが、実際のところ、各々が自分の身長を記しているのはそれを考慮しろという願望のあらわれに違いない。
「私はこんな最低な人間だからあなたとは合いません」
もしも一次選考を通過したら、次は何を求められただろうか。家賃はいくら?ありがたいことに、まだまだ傷つく余地はあると気づく。
些細な厄介が重なる。適度に仕事を片付けたら早退しようかと思ったが、いざ帰宅したらどうしたいかは浮かばなかった。ぼくは時々、他の人にどうして気を紛らわせているのかを訊ねたくなる。もしくは今夜何を食べるべきか、でもいい。

半分生身

ワンツースリーと送っているが、どれについても返事が遅めで予定が立てにくい。前日にまでこの調子じゃマトモに予約もできなくて困っているが、あなたと私も所詮は誰かの代替品でしかないから仕方がない。いざという時のいざというインスタントはなかなか叶わずにいる。ポールモーリアのベスト盤を買ったがほとんど聴いていない。自分の仕事がつまんないと思ってるならさっさと辞めてしまえばいいのにと思う。

刃の数を変えたら血だらけになってしまったが、充実感はある。それに引き換え今夜は……案の定、前日になって「やっぱりナシで」と連絡がきて、期待を持つべきではない、信用するほうがバカだと改めて思うが、そういうところが見え透いているかといえばそうでもないと思う。
イヤホンの片耳を無くす。中年のむかつく咳払い。地下鉄。バカバカしいハッシュタグ

頭痛ノート

バラした機械を組み立てて、またバラして組み立てる。狂った人間たちの前を歩いて、ずいぶん話が合わなくなった友人たちを振り返る。故郷に帰る理由もわざわざ探さなければならない。もう言い訳はしないでくれ。一方、愚かで、取り繕うような謝罪をした夜だった。まったく冷酷でなかったといえば……もっと言えば高貴さに欠けていた。つまりダサかった。

☆月◆日
社内プレゼン発表会みたいなものがあって、入選しなかった。プレゼンのようなことは初めての体験で「こういう感じだろう」というやつをやったら「クセの強い人が出てきたな」などと言われた。ハハハ。煮詰めて作ったスライドのデザインにはほとんど触れられず。
懇親会では頭痛がひどくてそれ以上飲むことができなかった。食事に誘うプロセスも浮かばず。

平常心

正直なところ、想像以上の感動も無く、絶対めんどくさいことを考えてしまうと思っていたが案の定だった。もう映画の話をすることはないだろう。
偶然にもシンゾーと同じコース巡りが3時間ズレていて、ハイアットの4Fで漠然と聴きながら、感動するポイントをわざと探したり、BGMとして存在する主張の無さは良かったが、呼吸のしすぎで少しだけ苦しくなった。味覚も相変わらず鈍感である。

やるべきことをほとんど残して横になれば、うまくいくと思っていた何かがうまくいかなかったことを思い出す。
昔の知り合いのリストが自動的に流れてきて、お互いなんとなく無関心でいる。