TOKYO CONTROL 3910

人生がやり直せるなら?
「今の意識のままだとしたらね」
「今の意識のままだとしたらよ」
そう繰り返すと、女は隣の友人に言った。
「学生時代に戻って、勉強をやり直したい。英語とか――」
実のところ、今の彼女は年経た自分が若返った姿だったのに、多くの人間と同じく、その貴重なチャンスに気づくことはない。
トン、という音に耳が戻される。着陸の体制に入るというアナウンスが流れる。
窓を覗くと、ウィラと僕の帰るマンションが見える。屋上のプールはこの雨で台無しに違いない。光がぼんやりと海へ落ちて行く。ビルの一室からきらりと誰かのナイフが反射して、誰かを突き刺す。漁船から打ち上げられる信号灯。キャビンアテンダントシャンパンの蓋を静かに開けて、僕のコップに注ぐ。火花をあげて炸裂するパンタグラフが見えると、川のようなひとすじの明かりがスッと消えていった。
寝息を立てている彼女の美しいまつ毛を撫でる。
「起きて。シートベルトをしなくちゃ」
ダイヤモンドの色をした髪を転がして、ささやかな抵抗を見せる。24時間の時差ともなれば無理もない。
「いま、何時?」
もう27時になる。
飛行機がけたたましい音を立てると、さすがに彼女も慌ててシートベルトをガチャガチャと装着した。それから僕の方を見て「これで安心」と笑った。
こんな女とああいうところに住んでなければ、人間らしく生きているとは言えなかっただろう。