ナチュラルスピード

この地上のデジタルと暴力。「これだけ毎日人身事故が起こっているのに、不思議と『見た』という人に会ったことがない」と言うと、出会ったばかりの友人が黙ったまま俺を見つめ、頷くジェスチャーで返す。ナントカ駅に放たれた狂人は、ホームの線路で土下座を始めた。そして、やってきた電車の下へするりと飲み込まれていく。そこでは飛び散る血肉も悲鳴も無ければ、ただ駅員の「またかよ」といった舌打ちだけがあった。という。

乗っていた高速バスが事故を起こしてからひと月ほど経つ。俺は生きている。大げさに運ばれた病院でも異常は証明されず、「わずかですが」と担当員の言う慰謝料は「すいません、芸能人と違うものですから……」という注釈付きだ。シートベルトは芸能人を護ってくれるものじゃない。そしてあの事故で死んだものはいない。

ダイムバッグ・ダレルが射殺される寸前、発した言葉は「ヴァンヘイレン」だという。
新宿の路上であなたの瞳を見て書いてくださるお有難いコトバの例に「死ぬ気でやっても死にはしないよ」とあるものの、どうせ死ぬ気でなんてできやしない。誰かによって、あるいは社会によって殺されることは十分あるのに、本人はそれに気づくことがない。