ソー・ファー ソー・グッド

女の声に起こされた。
「大丈夫ですか?」
と言ってるのだと思う。拙い英語だ。
「オッケーオッケー」
そう返してサインを作る。
「韓国人ですか?」
「いや、日本人だよ」
そこで「キャー!」と腕にしがみつく。ルックスは可愛い。
「今日は私の誕生日なの!お祝いとしてこれ飲んでよ!」
と言われて差し出されたのはショットグラス。ウォッカだろうか。
「よしっ」とグラスを口につけ、それをグッとやった。「うっ!」と呻いてからガチャンとテーブルに倒れ込み、やがて友人に起こされると、俺のポケットからは財布が消えていた……。
ーーということがあっては一大事。「えー、要らないよ」と言って返す。
「なんでよー!」
「友だち探してるんだよ。ゴメンね」

正直「あれがそういうトラップじゃなかったら……」と思わないこともないが、海外ではただでさえ他人に対する視線が疑心暗鬼であって、まして男女になってくればまつわるトラブルが増えてくる。
ここでは他人の女に手を出したのがバレて酒瓶で頭を「ガチャン」なんてことも『フツーのこと』のようで、末に路上で野垂れ死んでも「あ、誰か死んでるね」というほどに死は軽いものであるらしい。
「ぶっちゃけ500バーツあれば人殺しの依頼だってできますよ」

踊り疲れでクタクタのまま帰路につくと、同じ宿の日本人旅行者が「女が逃げやがった」と言って泥酔のまま暴れている。
「タイ人、ナメやがって!!全員殺す!!……お前らも殺されてえか?あ?」
そうして固まった俺たちに「アジアの中で日本はハイカーストだ」から始まって「日本はもう死んでんだよ」「お前らはゴミ」という展開になり、2時間経つころ「お前らはもっと毅然とした態度を取れ。自分の意思を主張しろ」ということでようやく(一応)落ち着いたが、それを聞いた誰かが「じゃあこんなハナシに付き合わすのはカンベンしてください」と言い出しはしないかとヒヤヒヤしてたのは俺だけではなかったハズだ。