美しい

同棲している女子◯生にエーケービーを「いいかげんにして」と禁じられ、うかつに入ったアパートの空部屋に閉じ込められて何日経ったか(実はこの部屋も彼女が借りたらしい)。俺は『トレイン・スポッティング』のユアン・マクレガーのように叫び、壁を叩きながらバカだのボケだのと罵っていたが、ある日隣に住む中年男性が彼女の元へ苦情を言うために訪ねてきたのがわかった。声を潜めて聞けば当然俺のことを言っているのだが、迷惑賃として、あるいは我慢してやるから「なぁ」と。
「わかるだろ?」
彼は彼女に囁いている。俺はどういうことかわからなくなった。交流の無かったあの男の顔をかろうじて思い出せば、ぐにゃりとした感覚が湧いてくる。やがてドアの閉まる音がすると、俺は耳を塞いでいた。

俺が出勤できないバイト場のシフトはどうなっているのか??彼女はバイト場にどういう電話をかけたんだろうとかつまらないことが気になってくる。すっかりヒゲが伸びた。近頃は本当にシンとしていて、以前のように叫ぶのも気が引けてしまう。時折「チン」と風鈴の音だけがする。ひょっとしたら彼女はもう隣に居ないんじゃないのか?あまりにもエーケービーに心酔する俺にウンザリして、更生を目的としてではなく、単純に俺を一生閉じ込めて放ったらかしにしておくのが目的だったのではないか?
もういっそ死んでしまおうと思った。
俺は裏手の窓をガラっと開けた。そうして大きく息を吸って下を見ると、そこには想像を絶するほど近い地面があった。
「なんてことだ」
ここが2階だったというマヌケなことを思い出したとき、ズッコケるよりも生きる気力が湧いてきた。

躊躇うことなく俺はぴょんと飛び出した。着地は弱った足腰から崩れ、なんとか身体を起こした。空には爆撃機の編隊がすごい音をたてて飛んでいる。火の粉を含んだ風が舞い、地平線のかげろうの向こうでは街がゆらゆら燃えている。突然背中のアパートがばちんと爆ぜたとき、俺はもう炭になった角材を拾ってシャーマンのように声をあげ、裸足のままでがむしゃらに走りだした。 (了)